私にはそう思えたんです。
季節外れなのだろうか?くるみコーヒーのある丘の上にはツツジの花が満開に咲いている。
赤に混じってオレンジ色もポツポツ、ピンクもチラホラ。
薔薇の時期と被ってあたりは百花繚乱の体を成している。
先日妻が柳田國男の「山の人生」を見ていた。
覗いて見ると柳田の深く鋭い感性に「グサリ」と刺された。
話は美濃の炭焼き小屋で妻に先立たれ、二人の子供を育てる五十代の男の話。
実際にあった話だ。
生活に困窮して今日も町へ下りたが、一銭の金にもならなかった。
飢えきった子供たちの顔を見るのが辛くて、小屋の奥に入って横になり寝てしまった。
いつの間にか日が傾き、戸口いっぱいに夕日が射し込んでいた。
不図、見ると二人の子供が日当たりのところにしゃがんで斧の刃を研いでいる。
そして「おとう、これでわたしたちを殺してくれ」と言うと
入口の材木を枕に仰向けになった。
男は前後の考えもなくなり、並んで乗せられた子供らの首を刎ねてしまった。
逢魔が刻のなせる術かもしれない。
それで思い出した。
数ヶ月前の山が萌える頃に訪ねて来られた東北出身の男の人の話。
「ここらは、いろんな色があっていいですね。
私の生まれた地域ではこんなに色がないんです。
ツツジは一色オレンジ色なんです。
小さい頃は遊びなんてなくてね。
そのオレンジ色のツツジの中で狐を追いかけるのが遊びだったんです。
狐は利口でね、ある程度の距離をおいて逃げ回るんです。
どちらが遊ばれているんだか分かりません。
好きな娘がいてね。その娘らと一緒に夕暮れまでずっと狐を追い回して帰るだけ。
そんな時代でした。
今は、その住んでいたところはダムになちゃったんですけどね」
情景が目に浮かんだ。美し過ぎて怖かった。
…初恋も 躑躅も狐も 水の底… 。